伊藤智永『忘却された支配 日本のなかの植民地朝鮮』(岩波書店、2016年)を読む。
日本による朝鮮の植民地支配時代、多くの朝鮮人が実態的に強制労働させられた。実態的に、というのは、最初(1939年-)は企業の「募集」という建前だったが、その実は、朝鮮総督府のもとで警察組織が強制的に多くの者を連れていったからである。この制度はやがて建前が内実に合わせて「官斡旋」に変えられている(1942年-)。(このあたりの実状は、外村大『朝鮮人強制連行』に詳しい。)
そのうち少なくない者が厳しい差別的な職場で働かされた。結果として多くの死者が出て、また、そのことは郷里にも知らされず、ろくな埋葬もされず、死んでからも差別された。
本書の表紙にある山口県宇部市西岐波の長生炭鉱はそのひとつである。ふたつの通気口の間にある坑道の事故により、183人が生き埋めになった。犠牲者の4分の3は朝鮮人労働者であったという。ここはわたしの故郷の近くだが、暮らしていたころには、事故のことも朝鮮人労働者のこともまったく知らなかった。長い時間が経ったからばかりではない。視えない構造ができあがっているのだ。
地元の人びとや、研究者たちが、それぞれの場所において、地道な活動によって実態を追及してきた。そのような中で目立つ言説は、たとえば、「みんな同じ日本人であった、差別などなかった」とするものや、「かれらの貴い犠牲が発展の礎になった」とするものなどであった。しかし実態として犠牲のかたちには大きな差が出ている。また、亡くなった者には、「貴い死」などを選ぶ自由も、「礎」になることを選ぶ自由もなかった。これは一方的な物語なのである。
いくつか気になることや心にとめておくべきことがあった。
●福岡県桂川町の麻生(吉隈)炭鉱。この跡地には無縁墓地があり、500体あまりの遺骨の3分の1が朝鮮人労働者のものであった。つまり日本人との共同墓地であった。しかしこのことが明るみに出た1985年当時、ほとんどが朝鮮人労働者の遺骨だとのセンセーショナルな報道がなされた。慰安婦証言の「吉田証言」によって歴史の姿を極端(大袈裟)から極端(無かったことにする)へとねじまげた吉田清治氏が、ここにも絡んでいた。吉田氏に騙されたことについて、林えいだい氏はひどく悔やんでいるという。林氏の活動を取り上げた映画(西嶋真治『抗い 記録作家 林えいだい』)でも、約500体の遺体は主に朝鮮人労働者だと説明していたと記憶しているのだがどうだろう。
●三重県熊野市の紀州鉱山。ここには、タイとビルマの間を結ぶ泰緬鉄道の建設のために酷使されたあとの英国人捕虜が連れてこられていた。かれらは全員、刻銘された墓に弔われている。連合国側の心象を良くするためであったとも言われているようだ。その一方で、仲間であったといいながら朝鮮人労働者については通名しかわからず故郷も判明していなかったりもする。ここにも差別があった。(ところで、泰緬鉄道の建設現場においても、植民地出身者が戦犯として差別される姿が、内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』や李鶴来『韓国人元BC級戦犯の訴え』に書かれている。)
●なお、同市において、関東大震災直後のデマによる朝鮮人虐殺事件(加藤直樹『九月、東京の路上で』など)があったわずか2年後に、ちょっとしたきっかけで「仕返しにダイナマイトでやられるぞ」とデマが飛び、同じ構造による朝鮮人虐殺事件が起きている。
●日清戦争(1894年-)のはじまりは、朝鮮の農民戦争(かつては「東学党の乱」と矮小化されていた)に対する近代兵器での虐殺であった。日本側の戦死者はわずかに1人。その1人でさえ、歴史の修正のために、清国との戦いで亡くなったという改竄がなされた(中塚明・井上勝生・朴孟洙『東学農民戦争と日本』や井上勝生『明治日本の植民地支配』に詳しい)。しかし、その証拠は、高知市にある軍人の墓石に残されていた。
●参照
西嶋真治『抗い 記録作家 林えいだい』
奈賀悟『閉山 三井三池炭坑1889-1997』
熊谷博子『むかし原発いま炭鉱』
熊谷博子『三池 終わらない炭鉱の物語』
上野英信『追われゆく坑夫たち』
山本作兵衛の映像 工藤敏樹『ある人生/ぼた山よ・・・』、『新日曜美術館/よみがえる地底の記憶』
本橋成一『炭鉱』
勅使河原宏『おとし穴』(北九州の炭鉱)
友田義行『戦後前衛映画と文学 安部公房×勅使河原宏』
本多猪四郎『空の大怪獣ラドン』(九州の仮想的な炭鉱)
佐藤仁『「持たざる国」の資源論』
石井寛治『日本の産業革命』
内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』
李鶴来『韓国人元BC級戦犯の訴え』
植民地文化学会・フォーラム『「在日」とは何か』
泰緬鉄道
罪は誰が負うのか― 森口豁『最後の学徒兵』
大島渚『忘れられた皇軍』
スリランカの映像(10) デイヴィッド・リーン『戦場にかける橋』(泰緬鉄道)
服部龍二『外交ドキュメント 歴史認識』
波多野澄雄『国家と歴史』
高橋哲哉『記憶のエチカ』
高橋哲哉『戦後責任論』
外村大『朝鮮人強制連行』
井上勝生『明治日本の植民地支配』
中塚明・井上勝生・朴孟洙『東学農民戦争と日本』
小熊英二『単一民族神話の起源』
尹健次『民族幻想の蹉跌』
尹健次『思想体験の交錯』
『情況』の、尹健次『思想体験の交錯』特集
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』
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